今回から具体的な改正内容の説明に入っていきます。
① 産業医に関する改正
前回お伝えしましたとおり、一般的には「産業医・産業保健機能の強化」として括られている改正項目ですが、産業医に関する改正部分を切り分けてお伝えさせていただきます。
切り分けると言っても、「産業保健機能の強化」の中で語った方がよい産業医にかかわる改正もありますので、その点についてはそのまま置いておき、本項に切り出す改正内容は下記となります。
(1) 選任・辞任(解任)についての手続に関する改正
(2) 要件に関する改正
(3) 職務に関する改正
(1) 選任・辞任(解任)についての手続に関する改正
これまで、産業医にまつわる手続としては、選任時に労働基準監督署にその旨を報告するというものだけでした。新たに、社内に向けた手続を行わなければならないこととなります。
何を | 誰に | |
A 産業医が辞任したときまたは解任されたとき | ・辞任(解任)したこと ・辞任(解任)した理由 |
(安全)衛生委員会へ報告 |
B 産業医を選任した事業者 | ・産業医の業務内容 ・産業医に対する健康相談の申出方法 ・産業医による労働者の健康情報の取扱い方法 |
労働者に周知 |
A 産業医を交替するという事態は、多くの産業医を抱えるような大企業や、中小企業でも諸事情ある場合などでない限り頻繁に起こることではありませんので、こういう手続が増えると受け止めるしかないでしょう。
趣旨としては、次項にも同趣旨の改正が出てきますが、産業医の身分の安定性の確保と職務遂行における独立性・中立性を確保するという観点からの改正です。
Bは、産業医を選任したときのほか、すでに選任しているけれどできていない事業者も当然含まれてきます。
(2) 要件に関する改正
厳密にいうと「指定講習修了」といった具体的な要件ではないのですが、事業者側から見るとその資質を備えているかという観点の規定が加わります。
項目 | 内容 |
C 独立性・中立性の強化 | 産業医は、労働者の健康管理等を行うのに必要な医学に関する知識に基づいて誠実にその職務を行わなければならない |
D 知識・能力の維持向上 | 産業医は、労働者の健康管理等を行うために必要な医学に関する知識・能力維持向上に努めなければならない(努力義務) |
いずれも主語は産業医ですので、産業医の義務及び努力義務であって、直接事業者がどうこうするという内容ではありません。Cは当然と言えば当然の内容なのですが、これまでこのような規定がなかったため、理念的な位置づけの規定が置かれました。
(3) 職務に関する改正(のうち、産業医が主語となる改正)
冒頭お伝えしましたとおり、産業医に関する改正のうち、「産業保健機能の強化」の項目の中でお伝えしたほうがわかりやすいものもありますが、ここでは、職務に関する改正のうち、産業医が主語となる改正を取り上げます。
(次項の「産業保健機能の強化」もそうですが、多数ある改正項目が、誰にとっての規制(義務、努力義務など)なのかを見極めないと混乱を来します)
項目 | 内容 |
E 勧告 | 産業医は、勧告をしようとするときは事業者の意見を求めるものとする |
F 調査審議 | 産業医は、(安全)衛生委員会に対して、必要な調査審議を求めることができる |
E 実務において産業医から「勧告」を受けた経験のある企業は、あまり多くはないのではないかと思われます。産業医の立場からすると、「伝家の宝刀」「最後の切り札」といった位置づけのもので、平成8年の法改正により、それまで施行規則にあったものが法律に格上げされ明確化された制度です。
「産業医は、労働者の健康を確保するために必要があると認めるときは、事業者に対して、必要な勧告をすることができる」というものですが、この勧告を行うにあたっては、事前に事業者の意見を求めるものとするという規定が加わりました。
具体的な場面としては、例えば、健康診断の有所見者に対する就業上の措置を講じるように意見を出したものの、事業者が応じない場合で、そのまま働かせると健康を著しく害するような事態に陥ることが明白な場合に勧告が行われるわけですが、そのような局面においても「事業者の意見を求める」という根回しというかコミュニケーションをワンクッション入れなければならなくなるという改正です。
産業医の立場からすれば、自分の意見に応じないから勧告するのに、その局面においてなぜ意見を聞かなければならないのかとなる(=話にならない相手に対して刀を抜こうとしている武士が、今から刀を抜きますがどんな切られ方がよろしいでしょうか、と聞いているようなもので、聞かれた方はそもそも刀を抜かないでほしい、となるはず)でしょうが、「勧告がその趣旨も含めて事業者に十分理解され、かつ、適切に共有されることにより、労働者の健康管理等のために有効に機能する」ためという趣旨説明が通達に示されているところです。
「勧告」という宝刀が抜かれる事態は起きないことに越したことはない(=最後の切り札が切られる前に、円滑なコミュニケーションが行われ、必要な措置が講じられるのが理想)のですが、勧告にまつわる改正は他にもあるため次項の「産業保健機能の強化」でも改めて触れさせていただきます。
F 産業医は(安全)衛生委員会の出席メンバーですので、そもそも必要な調査審議を求める権限を有していると言えますが、この度の改正でこのことが明確化されました。
【この記事の改正データベース(法改部)はこちら】
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